ラティクチを諦めるな

れみ(@lemi_irym)の構築記事、随筆、草案など

翔、お前こそがカイザーだ!

ポケモンもデュエプレも一切関係ない最近観たアニメの感想記事です。また、ネタバレや遊戯王ルール説明などの観点から、本記事で取り上げる内容の情緒を僕の力量で未視聴者に説明するのは難しいと判断し、あくまで備忘録的な、遊戯王GXを視聴済みの方たちに向けた記事となっています。

今回取り上げたいのは遊戯王GX第95話、「仁義なき兄弟デュエル 亮vs翔」。めちゃくちゃ感動した上、何か喋らないといけないと思わせるくらい完成度が高く奥深い話でした。

 

私は遊戯王GXの数え切れない良さの中でも「キャラ一人一人が際立つ個性を持っていて」「その個性の反面抱える悩みや欠点と向き合い、成長していく様を」「すべてデュエルを通じて表現する」この3点が特に気に入っています。そしてこの95話は、この3点が強く押し出された回なのです。

 


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まず、この話は「パワー・ボンド」をデッキに入れるのはまだ早い、と自分を評する翔の姿から始まります。このパワーボンドというカードは翔(そして亮にも)特別な意味のあるカードで、作中ではカイザーの切札であり、対戦相手を敬うリスペクトデュエルの代名詞でもあります。幼い頃に「パワー・ボンド」を乱用して亮に怒られたこと、カイザー亮が「パワー・ボンド」を見事に使いこなす様を見ていることなどをふまえ、翔はまだ自分がカイザーに匹敵するデュエリストではないと自身を評して「パワー・ボンド」をデッキに入れていないようです。ラーイエローに昇格し、ジェネシスでも長く勝ち残っている翔は十分な実力がありそうですが、翔にとってパワーボンドの採用はすなわちカイザーと同格のデュエリストであるということ。カイザーへの敬意から採用に踏み切れていません。

そこまで弟に敬意を払われているカイザーはというと、プロリーグでの低迷からついには地下闘技場まで堕ちてしまい、そこで勝ちに拘らなければいけないデュエルを強いられます。このデュエルで勝利をもぎ取って以降、カイザーはヘルカイザーとしてプロリーグに返り咲き連戦連勝。しかし相手を叩き潰すようなデュエルで高らかに勝利の笑いを響かせる亮の姿はとても対戦相手をリスペクトしているとは言えません。(余談ですがヘルカイザーの姿をみて「調子良さそうだしいいんじゃねーの?」と言い放つ十代はやはり他人の生き様に興味がないのでしょう。仲間想いで絶対に仲間を助けようとする十代ですがそれは"自分の仲間"に対しての主観的な優しさであり、一個人としての人生相談などは仲間に対しても他人のように接している一面があります。サイコパスの香り…)

 

さて、両者ともジェネックスに参加している以上、二人には戦う資格があります。翔は昔の兄に戻って欲しい一心で、亮はただ目の前のデュエリストに勝ちたい一心で、二人はデュエルを始めます。しかし亮の提案で、二人は地下闘技場よろしくLP減少に伴う肉体的ダメージを負いながらデュエルすることに。

先攻は亮。これまでのデュエルでは、ヘルカイザー亮は、手始めにサイバードラゴンを召喚し、罠をケアしながらゆっくりと大型モンスターを完成させていく丁寧なデュエルをしていたカイザー時代の面影はもはやなく、クソデカモンスターをいきなり並べはじめます。…これにより「カイザーからヘルカイザーになった」ことが表現されています。相手の出方を伺いながらゆっくりと盤面を作っていくカイザーではなく、いきなりデカいモンスターを投げ、攻撃の裏目で負けてしまわぬよう罠を張るヘルカイザーのデュエルがそこにあります。相手の動きに対応するための伏せカードではなくあくまで自分の動きを通すための罠。冷徹さを感じさせます。

今回は、守備力0のモンスターをあえて守備表示で召喚し、相手に殴らせてこれを墓地に送り、次のクソデカモンスターの準備としようとしました。この相手に殴らせるコンボはカイザーでは絶対に取らない戦略であり、ヘルカイザーが勝ちしか考えていないデュエルを仕掛けていることがわかります。

対する翔!私は翔に大きな成長を汲み取りました。まず「トラックロイド」「サブマリンロイド」の召喚、そして永続魔法「ライフ・フォース」。「サブマリンロイド」は相手に直接攻撃が出来るモンスターで、「ライフ・フォース」は相手モンスターとの戦闘ダメージを400LPに抑える魔法。どちらも、亮の使うクソデカモンスターとのバトルを避けて戦えるカードです。「トラックロイド」はバトルに勝利した相手モンスターを装備できるモンスターで、これによって亮のドラゴンを墓地に送らずにすみました。…私はこの1ターン目で感激しました!戦況に合わせて出すモンスターを考え、魔法で相手の攻撃をケアするなど昔の翔には到底出来たことではないです。適当にモンスターを出してなんとなく攻撃し、相手の罠やモンスター効果で返り討ちに遭う。そんなお粗末なデュエルをしていた翔が、こんなにも丁寧で相手のデッキに合わせたプレイングをするなんて!カイザーを彷彿とさせるプレイングですね。

(2ターン目〜は細かく覚えていない、あとで見返す)

亮の猛攻に吹き飛ばされ、眼鏡を落としてしまう翔。肉体ダメージもあり、相手をリスペクトするのは本当に正しいのか…?と、地下での亮と同じ疑問を口にこぼします。それを聞いた亮は相手へのリスペクトなど不要だ、言うなれば勝利をリスペクトする!と、今の亮の信念、すなわちカイザー時代の信念へのアンチテーゼを語ります。それに対し十代は、最後まで信じるんだ!と、翔を励まします。眼鏡を拾い、立ち上がった翔のドローは「パワー・ボンド」。デッキには入れていなかったのにどうして…?と固まる翔ですが、十代がデッキカットの際にこっそり入れてくれたのだと気付きます。 …このシーン、眼鏡を落としてから拾うまでに翔の揺れ動く感情が見事に表現されています。眼鏡を落とすような激闘を翔は経験したことがなく、亮の理不尽な強さに苦しめられる中で自分の信念・カイザーの信念を疑い始める。未知の苦痛に遭遇してかつての信条を疑うのは当然のことで、大切なのはその後です。かつて信じたリスペクトを捨てた亮と、リスペクトを貫くと決めた翔。ここで既にこの兄弟の分岐が描かれています。勝ちに拘る亮、リスペクトの翔。これは兄弟の対比であり、現在の亮と過去の亮の対比でもあります。

…また、パワーボンドは物理的には十代が混入させていますが、これは運命です。今までのデュエルの闘いぶりから、天もとい視聴者は翔がカイザーに匹敵するデュエリストであることがわかっています。また、上で書いた分岐・対比を表現するために、翔には過去のカイザーが投影されているのです。したがって、カイザーを象徴するパワーボンドは翔がこのデュエルで使わなくてはならないカードだったのです。このパワーボンドは翔の成長の具体化であり、かつ、翔が過去のカイザーを投影されている証でもあるのです。カードがふらっとデッキに迷い込んではいけないので手続き上、十代がデッキに混ぜてあげたのです。

さてデュエルはパワーボンドにより大きく動きます。攻撃力を下げることで直接攻撃の出来る「ペアサイクロイド」をパワーボンドにより召喚し、倍になった攻撃力で亮にトドメを刺しに行きます。手前のモンスターでライフを削っておいたのが活きていますね。しかしそんなことで負ける亮ではなく、当然ライフを保つ罠カードを伏せていました。「パワー・ウォール」。デッキのカードを捨てれば捨てるほどダメージを減らせるこの罠で、亮はなんと山札切れ一歩手前までカードを捨ててしまいます。このターンで亮が殴りきれなければデッキアウトで負け。…自滅に近いデッキアウトは恥の負け方で、ここでもヘルカイザーが恥も外聞もかなぐり捨てて勝利を目指していることが表現されています。

パワーボンドによる攻撃をいなされた者は、リスクダメージ(反動ダメージ)を受ける。幼い翔はこのリスクダメージのケアを出来ていませんでしたが今回は違います。「ミラー・ダメージ」という魔法カードをしっかり用意していました。…このカード、パワーボンドのリスクダメージの無効化専用みたいなカードなので、おそらく翔はパワーボンドを入れる前提でデッキを組んでいて、自分で自分を認められる時が来たらパワーボンドを入れるつもりだったのでしょう。翔の、亮への憧れとリスペクトが感じられます。

ミラーダメージによる、パワーボンドの反動ダメージの反射までも亮はケアしていました。「フュージョン・ガード」により、この反射は防がれてしまいます。このケア度合いはさすがカイザー、ただ暴力を振りかざすヘルカイザーではなくカイザー並みの周到なケアを行っています。この描写により、ヘルカイザーは単なる闇堕ちではなく、カイザーの殻を破って成長した姿であったことが表現されています。

迎えた亮のラストターン。亮は「ワープ・ビーム」を使いひとしきり殴ったあと、瞬間融合で盤面のモンスターを融合させて「サイバー・ダーク・ドラゴン」を召喚。輪廻独断によりドラゴン族と化した「サイバー・エンド・ドラゴン」を装備し、攻撃力は8800まで膨れ上がります。この過剰な攻撃力と、かつての相棒サイバーエンドの装備により、ヘルカイザーは勝つために美徳や相棒への敬意を捨てて残虐な帝王になろうとしている様が描かれています。翔の残りLPは400。ライフフォースを発動してもサイバーダークの攻撃でトドメを刺されてしまいますが…

サイバーダークの攻撃宣言時、翔は罠カード「非常食」を発動。LPを1000回復し、ライフフォースと合わせてサイバーダークの攻撃を凌ぎ切りました。勝ちを確信した翔。しかし眼前には、「融合解除」を宣言する亮…。3体のモンスターが融合解除により現れ、残り1000のLPを削りきられて翔は敗北してしまいます…。

この非常食は、本来の(今までの遊戯王GXにおけるデュエルなら)勝ちパターンの罠カードでした。実際、観ていた私も翔が勝ったと思ったし、猛攻を最後の伏せカードによって凌ぎきる、展開的にも勝ちのデュエルでした。まさにカイザーそのもののようなデュエルを繰り広げた翔でしたが、しかし、最後の一枚で決着をつけたのは亮…。ここに、過去のカイザーを乗り越えたヘルカイザーの姿があります。

間違いなく、翔はカイザーと互角でした。伏せカードによるケアも完璧。必要な場面でパワーボンドを引けたし、何より、いつもは優勢で調子に乗って自滅する翔が、最後の最後まで相手をリスペクトしていました。翔は、目標であったお兄さん・カイザー亮に匹敵するデュエリストになれたのです。しかしながら!だからこそ!最後の融合解除は、カイザーである翔には届かない壁だった。亮が己の全てを捨て勝利に注ぎ込んだからこそ破れた殻が、最後の融合解除という一枚に現れ、ヘルカイザーは勝利したのです。亮は、リスペクトに囚われていた自らの過去を乗り越えて成長したのです。

そしてラストシーン。敗者は消えろ!と敬意もクソもない台詞を吐き捨て退場する亮と、肉体のダメージで意識朦朧としながらも相手へのリスペクトを忘れたくないと呻く翔。先の対比は最後まで保たれました。すなわち、亮はこの痛みからヘルカイザーになりましたが、翔はそうならなかった。翔は、亮が痛みに耐えかねて手放したリスペクトの心を捨てなかったのです。そんな翔に十代がかけた言葉が、

「翔、お前こそカイザーだ!」

この言葉、突拍子もなくてネタにされがちなんですが、このデュエルを個々のキャラの成長という視点で見れば非常に自然な(むしろ、アニメ制作者側がこちらに翔の成長と亮の逸脱、この二人の対比構造を教えてくれている)台詞なんです。めちゃくちゃ大事な台詞なんです。ということを、この台詞を茶化している人たちに伝えたかった。その一心でブログを書きました。

(あと、Twitterに書いたGXの感想が女の乳がデカいとかしかないのを弁明するため、というのもあります)

 

 

まず翔の成長と亮の変貌が描かれ、そしてパワーボンドによりヘルカイザーvsカイザーの構図が出来上がり、最後にはヘルカイザーは成長の姿であったことと、翔はカイザーを貫き通すことが示された、この二人の人生を追いかけるようなデュエルでした。

間違いなく120話みてきた中のベストバウト。二番目は隼人vsクロノス。隼人がドロップアウトしたなりに頑張ったことが伝わってきたし、その上でクロノスがちゃんと勝つのがまた趣深い。クロノスが勝った上で隼人の卒業が認められるのもまた良い。勝ち負けだけがデュエルじゃないんだよね。クロノスのデュエル全部好き。三番目は一期ラストのカイザー亮vs十代。カイザーが最高にカッコイイし、強者同士の攻防駆け引きにアツくさせられる。

 

最後に、私は今GXを120話程しか見ておらず、どうやらこの先三期は鬱展開っぽい(まず下馬評が鬱っぽいし、コブラや精霊ハンターなど悪役に感情移入させながら殺すような展開の仕方が不穏)ので覚悟して観ることにします。コブラの(人間味のある)過去をしっかり描いてから報われない殺し方をするのは、"ダメ"なアニメだと思います…楽しみです。